むねこのICTスペース

「日本の世界遺産」「国宝・史跡・名勝」「日帰り温泉」を巡る、旅ブログを主に綴っています。

西ノ京 薬師寺(世界遺産・国宝)

with 2 comments

前の記事」(歴史街道スタンプラリー)のつづきです。
スタンプ設置箇所、まずは「西の京の薬師寺」から…。

この日の写真を、Windows liveのフォトアルバムにupしました。
フォト 薬師寺・唐招提寺(世界遺産・国宝)2010.12」(1枚~12枚目)です。

薬師寺は、奈良県奈良市西ノ京町にある寺院です。
680年、第40代天武天皇の発願により、皇后(のちの持統天皇)の病気回復を願って、飛鳥の藤原京(橿原市城殿町)の地に造営が開始され、平城遷都に伴い、現在の地に移されたものです。

飛鳥時代のうち、大化の改新~平城遷都まで、第40代天武・第41代持統朝を中心とする、藤原京での華やかな文化を「白鳳文化」と言います。
薬師寺は、当時の「白鳳様式」の伽藍です。

むねこのフォト(モバイル)ページはこちらから↓。
mphotos 薬師寺(世界遺産・国宝)2010.12

平城京の薬師寺は、天禄4年(973)の火災と、享禄元年(1528)の兵火で多くの建物を失いました。
現在、白鳳時代の建物は、東塔を残すのみで、ほとんどが昭和~平成に復興されたものです。
ですから、奇麗な建物が整然と並んでいて、鮮やかさと美しさに圧倒されます。
日本とは思えない空間でした(^^ゞ。

ここで、少し歴史のお話を…。
第40代天武天皇(大海人皇子)は、「大化の改新(646年)」を実行した中大兄皇子(天智天皇)の弟です。
天智天皇が崩御されたのち、天智天皇の太子・大友皇子(弘文天皇)に対し反乱を起こし、勝利します。これを「壬申の乱(672年)」と呼んでいます。
第38代天智天皇、第39代弘文天皇の近江大津宮は5年余で滅び、勝利した大海人皇子は皇位継承し天武天皇となり、近江大津宮から飛鳥に都を戻しました。

《文化史の流れ》
飛鳥文化(第33代推古朝)→白鳳文化(第40代天武・第41代持統朝)→天平文化(第45代聖武天皇)

薬師寺と興福寺は、法相宗大本山で、玄奘三蔵は法相宗の始祖に当たります。
共に、南都七大寺の1つに数えられる寺院です。
興福寺」は、大化の改新の中心人物の一人であった、中臣(藤原)鎌足を始祖とする藤原氏の氏寺です。

◇法相宗大本山 薬師寺
奈良県奈良市西ノ京町457 tel 0742-33-6001
拝観料:大人500円(玄奘三蔵院伽藍公開時800円)
拝観時間:8:30~17:00(受付は16:30)
【電車】近鉄奈良線「大和西大寺駅」で乗り換え、近鉄橿原線「西ノ京駅」下車すぐ。
【車】JR奈良駅から国道24号線(奈良バイパス)、県道122・9号線経由約5km。
国道24号線から「柏木町交差点」を西へ、県道122号線「薬師寺東口交差点」で南へ。
県道9号線の「西の京病院(六条町)」の信号で「南駐車場」へ。
駐車場:普通車500円(1回)(駐車場は薬師寺の「南門」さらに南側)

広告

Written by むねこ

2011年3月7日 @ 5:05 AM

2件のフィードバック

Subscribe to comments with RSS.

  1. […] 「前の記事」(歴史街道スタンプラリー 西の京)のつづきです。
    「薬師寺」につづき、「唐招提寺」へ行きました。
    唐招提寺は、近鉄橿原線「西ノ京駅」から徒歩約10分の所にあります。 […]

  2. […] ○ちなみに、平城京右京六条二坊に移転された「薬師寺」については、以前こちらで記事にしています↓。 「西ノ京 薬師寺(世界遺産・国宝)」 […]


コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。