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「日本の世界遺産」「国宝・史跡・名勝」「日帰り温泉」を巡る、旅ブログを主に綴っています。

朽木 興聖寺・旧秀隣寺庭園(足利庭園)

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興聖寺は、滋賀県高島市朽木岩瀬にある曹洞宗の寺院です。
京都から福井県の若狭を結ぶ「鯖街道(国道367号線)」沿いにあります。

鎌倉時代、近江守護佐々木信綱は、曹洞宗の開祖 道元禅師に、承久の乱にて戦死した一族の供養を願い招きます。
招きに応じた道元禅師が、都より越前へ向われる際、この地の山谷が伏見深草の興聖寺に似ているとして、佐々木家の菩提寺として高巌山興聖寺という山寺号を推奨され、建立を勧められたのが、興聖寺の始まりといわれています。

旧秀隣寺庭園から風景

佐々木氏は、宇多天皇の直系で、佐々木信綱の次の代で、六角氏・京極氏・大原氏・高島氏と分かれ、さらに高島氏から朽木谷を分与され、佐々木信綱の曾孫にあたる義綱の代から朽木氏を名乗り、廃藩置県まで続きました。

室町時代、8代将軍足利義政の後継者争い(応仁の乱)以降、将軍位を巡る争いが続き、二流に分かれた将軍家を擁した抗争が各地で続くこととなります。
享禄3年(1530)12代将軍足利義晴は、三好松永の乱を避け朽木稙綱をたよって、朽木に3年程滞在されました。
そのとき、佐々木一族や京極高秀、浅井亮政、朝倉孝景の協力で将軍を慰めるため、管領細川高国に依頼し、京都銀閣寺の庭園をもとに、旧秀隣寺庭園(足利庭園)を作庭献上しました。(国の名勝指定)

つづきを読むからは、フォトギャラリー(8枚)です。

朽木は、国道367号線の京都大原よりさらに北の山谷にあります。
安曇川が流れる自然豊かなところで、街中よりは涼しかったです(^^ゞ。

ちなみに、三重県津市美杉町の「北畠氏館跡庭園」も、伊勢国司7代北畠晴具の義父であった、管領細川高国により作庭されたといわれています。

◇曹洞宗 高巌山 興聖寺(関西花の寺「第14番」)
滋賀県高島市朽木岩瀬374 TEL 0740-38-2103
拝観料:300円
交通:JR湖西線「安曇川駅」から江若バス「岩瀬」下車、徒歩5分。
駐車場20台無料
○旧秀隣寺庭園(足利庭園):国の名勝指定
○藪椿:4月中旬~5月上旬見頃

Written by むねこ

2011年8月20日 @ 2:09 AM

カテゴリー: おでかけ(滋賀)

2件のフィードバック

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  1. […] 「前の記事」(興聖寺・旧秀隣寺庭園)の続きです。 […]

  2. […] この13代将軍足利義輝の父が、「前の記事」にも書きました、12代将軍足利義晴です。 […]


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