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「日本の世界遺産」「国宝・史跡・名勝」「日帰り温泉」を巡る、旅ブログを主に綴っています。

Archive for 6月 2012

京都西山三山 楊谷寺の紫陽花

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前の記事」(京都西山三山 善峯寺の紫陽花)のつづきです。
京都市西京区大原野の「善峯寺」の次は、長岡京市の「楊谷寺(ようこくじ)」へ行きました。
楊谷寺の境内から奥ノ院にかけての「あじさいのみち」には、約4500株のあじさいが植栽されています。

あじさいのみちから境内

楊谷寺は、西山浄土宗総本山光明寺の末寺です。
光明寺より南西の山間渓谷にあり、柳谷観音の名で親しまれています。
楊谷寺のすぐ西側は大阪府三島郡島本です。

寺伝によると大同元年(806)の創建で、京都清水寺の開祖延鎮が開き、空海(弘法大師)もこの地で修行したと言われ、延鎮を第一世、空海を第二世としています。
境内には空海(弘法大師)の法力による独鈷水(おこう水)があり、眼病に効くことで知られ、毎月17日の縁日には各地からの参拝者で賑わいます。
また、平成8年度には長岡京市観光協会設立25周年を記念して「楊谷寺あじさいのみち」が整備されました。

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2012年6月28日 at 1:07 AM

京都西山三山 善峯寺の紫陽花

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梅雨入りし、紫陽花の花も色づいてきました。
今が見ごろと言う事で…
京都西山三山 善峯寺の「あじさい苑」へ行きました。

桜・あじさい苑(幸福地蔵)

善峯寺は、平安中期の長元2年(1029)、恵心僧都の弟子源算の開基と伝えられています。
中世には、青蓮院門跡の宮様が代々住職を勤めたため、「西山宮門跡」と称されました。
応仁の乱で焼亡後、徳川5代将軍綱吉の生母・桂昌院の寄進により復興されました。
現在は、西国三十三所観音霊場の第二十番札所です。

山の斜面にある境内地は3万坪で、回遊式境内(7代目小川治兵衛作)1周約40分です。
奥之院(薬師堂)まで登ると、眼下に京都市街が広がります。
桜・あじさい苑は、1周約40分の参拝順路には含まれていませんが、幸福地蔵から一望する事ができます。
今の季節は、紫陽花の花が咲き、まさに絶景でしたよ(^_^)。

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2012年6月26日 at 12:53 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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木津川市 当尾の里 浄瑠璃寺(九体寺)

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前の記事」(木津川市 当尾の里 岩船寺の紫陽花)のつづきです。
浄瑠璃寺(じょうるりじ)は、京都府木津川市加茂町西小札場の「当尾(とうのお)の里」にある真言律宗の寺院です。
山号は小田原山。
当尾(浄瑠璃寺地域)は、京都府歴史的自然環境保全地域に指定され、岩船寺から浄瑠璃寺へは、府道752号線を西へ約2.2kmの位置にあります。

寺号は、創建時の御本尊(三重塔の内陣に安置されている)、薬師仏の浄土「浄瑠璃世界」から付けられました。
中央の宝池を挟んで、東方浄瑠璃浄土の薬師仏を東に、西方極楽浄土の阿弥陀仏を西に配した、平安時代後期(藤原時代)の日本が生みだした浄土式伽藍がただ一つ完全に残されてきた寺です。

九体阿弥陀堂(国宝)

梵字の阿字をかたどったといわれる宝池を中心にして、東に東方本尊の薬師仏(秘仏 重文)を安置する三重塔(国宝)が、西に西方本尊の九体阿弥陀仏(国宝)を安置する本堂(九体阿弥陀堂 国宝)が建っています。
藤原時代には、京都を中心に競って建立された九体阿弥陀仏と、それをまつるための横長の堂(正面11間、側面4間)も、現存する唯一のものです。

庭園は、国の特別名勝及史跡に指定されています。
派手さはないですが、草花が咲き、蝶が舞い、鳥のさえずりが良く似合う、落ち着いた雰囲気の庭園でした。
これまで、京都・奈良の世界遺産の寺院を巡りましたが、平安時代の雰囲気を感じる庭園を観たのは、ここが初めてでした。

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2012年6月21日 at 5:13 AM

木津川市 当尾の里 岩船寺の紫陽花

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関西花の寺「第十五番 岩船寺(がんせんじ)」は、紫陽花のお寺です。
岩船寺は、京都府木津川市加茂町の「当尾(とうのお)の里」にある真言律宗の寺院です。山号は高雄山(こうゆうざん)。

当尾(岩船寺地域)は、京都府歴史的自然環境保全地域に指定され、平安時代後期から鎌倉・室町時代にかけて、浄土信仰の霊地として栄えたところです。
昭和26年に加茂町に編入されるまで、相楽郡当尾村(塔婆が建ち並ぶ屋根という意味の「塔尾」からきている)でした。
現在、「石仏の里」の中心地として親しまれています。

2012年6月10日に行ったのですが、岩船寺は御本陣山(標高321m)の山寺であるため、宇治より少し寒いようで、紫陽花の見頃には少し早かったです(^_^;)。

十三重石塔(重文)・三重塔(重文)

岩船寺の創立は、天平元年(729)第45代聖武天皇の勅願で、僧行基によって阿弥陀堂を建立したのに始まります。
最盛期には東西十六町、南北十六町の広大な境内に三十九の坊舎を有したそうですが、承久の乱(1221)等の兵火により焼失しました。
鎌倉から江戸末期まで南都興福寺一乗院の末寺でしたが、明治十四年に真言律宗西大寺の末寺となりました。
御本尊は阿弥陀如来坐像で、10世紀中期(平安時代)を代表する仏像として知られています。

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2012年6月16日 at 2:45 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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北勢 桑名市 牛めしとはまぐり

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前の記事」(北勢 桑名市 九華公園の花菖蒲)のつづきです。
6月の花、花菖蒲(ハナショウブ)を観に三重県桑名市へ行きました。
桑名市は、三重県北部に位置する都市です。
東海道の海上路「七里の渡」の桑名宿(東海道五十三次の42番目)がある宿場町で、桑名藩の城下町でもあります。

九華(きゅうか)公園は、桑名城の本丸跡と二之丸跡に整備された公園です。
駐車場は、本丸跡より北側の三之丸跡あたりにあります。
駐車場に隣接して、柿安精肉本店がありました。
2012年5月22日(火)にリニューアルオープン…とありました。

1階に入ったのですが、精肉・惣菜・お弁当・パンなどが売っているスーパーのような感じでした。
せっかくなので、牛めし弁当を買いました(*^_^*)。
普段、安物を食べているので…正当な美味さでした。

その後、揖斐川沿いの堤防道路を、車で南に走りました。
蟠龍櫓から約1km程川下に「はまぐりプラザ」と言う建物があったので入ってみることにしました。
漁師町赤須賀の漁業交流センターのようです。
2階の調理室を「食堂」として、地元桑名産の「はまぐり」を食べさせてもらえます。

メインは、焼きはまぐり定食 1,500円(要予約)ですが、当日メニューもありました。
漁獲量を制限しているようで、「数に限りがあります」とありました。
季節メニューの「はまぐり丼」と、「はまぐりうどん」を注文。

はまぐり丼は、5月中~7月末位の期間限定メニューです。
外観は、福井の醤油かつ丼のようですが、大きなはまぐりの身がのっていました。
はまぐりうどんは、太目のふわふわした麺、いわゆる伊勢うどんのようでした。
どちらも美味(ビミ)でした(*^_^*)。

◇柿安精肉本店
所在地:三重県桑名市吉之丸8 TEL0594-22-5554
http://www.kakiyasuhonten.co.jp/brand/2kakiyasu_seiniku/

◇はまぐりプラザ
所在地:三重県桑名市大字赤須賀86-21
食堂予約:0594-22-6010(当日午前9時まで受付、満席になり次第受付終了)
営業時間:11時30分~13時30分
定休日:火曜日
http://www.intsurf.ne.jp/~hamaguri/

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2012年6月14日 at 7:09 AM

カテゴリー: おでかけ(三重), グルメ

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北勢 桑名市 九華公園の花菖蒲

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九華(きゅうか)公園は、三重県桑名市吉之丸にあった、桑名城の本丸跡と二之丸跡に整備された公園です。
桑名城は、慶長6年(1601)初代藩主本多忠勝によって着手され、約30年間かけて建立された水城です。

桑名城は、その形から別名「扇(おうぎ)城」と呼ばれ、中国に「九華扇」という扇があり、江戸時代に「九華」を「くわな」と読ませ扇城とかけていたところから、公園名が付けられたそうです。
現在の九華公園は8.65haあり、桜・つつじ・花菖蒲などの名所となっています。
ちなみに、三重県の県花は、花菖蒲(ハナショウブ)です。

野花菖蒲(原種)

桑名城は、揖斐川を利用した水城で、堀が4重に巡らされていました。
水城の特徴を利用して、藩主は城内から船に乗って舟入門を通り、七里の渡で御座船に乗り換えました。
七里の渡は、東海道五十三次で知られる宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海上の渡しで、移動距離が7里であったことに由来します。

九華公園は、国道1号線(東海道)と国道23号線(名四国道)の間にあり、揖斐川がすぐ近くに流れていますが、5km程下流はもう伊勢湾です。
七里の渡は、天候の悪化などにより、海難事故がしばしば発生する東海道の難所の一つだったそうです。

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2012年6月14日 at 2:17 AM

奈良市中町 登美山鼻高 霊山寺のばら庭園

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前の記事」(奈良市中町 登美山鼻高 霊山寺の薬師湯)のつづきです。
奈良県奈良市中町の霊山寺は、奈良市の西郊・富雄川沿いにある真言宗の寺院です。
ばら庭園がある事で有名です。

今が見頃と言う事で、観に行きました。
(バラの見頃:5月中旬~6月中旬、10月中旬~11月中旬)
ばら庭園は、本堂からみて鬼門(北東)の方角にあります。
昔から鬼門には柊などのトゲのある木を植えるならわしがあり、それに倣って薔薇を植えたそうです。

ばら庭園(アーチ)

霊山寺の縁起は、千三百余年の昔、小野富人(小野妹子の息子・通称鼻高仙人)が、登美山で薬草を栽培し薬師如来を祀って、薬草風呂を施湯し、諸人の病を治したことに始まります。
第45代聖武天皇も鳥狩りの折入湯され、光明皇后も入湯された…とありました。

このお寺の開基は、行基菩薩です。 天平8年(736年)第45代聖武天皇の勅命で伽藍を建立します。
行基菩薩は、天智天皇の7年(668年)大阪府堺市に生まれ、15才にして南都薬師寺に入り、24才で受戒得度されました。
現在の平城の聖城に遷都することを奏し、元明天皇の和銅3年(710)平城遷都の造営にあたり、先ず南都諸大寺の移転と建立をされました。
(例えば、薬師寺・大安寺の移建を初め、興福寺・元興寺及び總国分寺東大寺建立など四十八ヶ大寺院を建立)
その他、全国にわたり、開基された寺院・道場は実に700に及ぶといわれ、遍路、巡礼の元祖でもあります。

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2012年6月11日 at 2:47 AM

カテゴリー: おでかけ(奈良)

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奈良市中町 登美山鼻高 霊山寺の薬師湯

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奈良県奈良市中町の霊山寺は、奈良市の西郊・富雄川沿いにある真言宗の寺院です。
ばら庭園がある事で有名です。(バラの見頃:5月中旬~6月中旬、10月中旬~11月中旬)

富雄の里は古事記には登美であり、日本書紀では鳥見の地となっていて、小野家の領有だったようです。
千三百余年の昔、右大臣小野富人(通称鼻高仙人)が、湯屋に薬師三尊仏を祀り、薬草風呂にて諸人の病を治したのが、霊山寺の遠因であるとあります。

薬師湯

小野妹子の息子、小野富人は天智10年(671年=天智天皇が崩御された年)右大臣となったが、壬申の乱のため官職を辞し登美山に閑居した…。とありますので、大友皇子(第39代弘文天皇)側のだったのかなぁ…と思います。

天平8年(736年)第45代聖武天皇の勅命で、行基菩薩が伽藍を建立し、インド僧の菩提僊那が来朝されこの地は誠の霊山であると感嘆され霊山寺と命名されたそうです。
鎌倉時代に北条時頼の帰依厚く、多くの寺領を下付され、本堂の改築・伽藍の大修理を行い、豊臣秀吉・徳川家康もまた寺領を寄進、以降徳川幕府の御朱印寺として寺勢二十一か坊を数えたそうですが…
明治維新の廃仏毀釈により伽藍の規模半減、二百体の仏像焼却に遭うも、国宝重文建物6棟・重文仏像宝物30余点が残っています。

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2012年6月9日 at 6:55 AM

西美濃 さざれ石と薬草風呂

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前の記事」(西美濃 両界山横蔵寺といび川温泉)のつづきです。
道の駅「星のふる里ふじはし」で地図を探していると、温泉ではないのですが、揖斐川町春日六合(旧春日村)に「かすが モリモリ村 リフレッシュ館」と言う施設をみつけました。
池田温泉」から、「ふれあい街道」(東海自然歩道)を「大津谷公園」経由で、北西へ約13km行った先にあります。

揖斐川町春日は、伊吹山(1377m)の東側山麓にあります。
伊吹山は、滋賀・岐阜両県の県境にあり、古来から薬草の宝庫として知られ、平安時代には伊吹山麓の薬草が宮中にも献上されていたそうです。
また、織田信長がポルトガル人宣教師の進言を受け、伊吹山の裾野に50haの広大な薬草園を開いたと云われています。

そんな伊吹山麓の薬草を使った薬草風呂ですが…
滋賀県側に「ジョイいぶき」「己高庵」等ありますが、岐阜県側の春日にもあると初めて知りました。
その、モリモリ村からさらに県道32・257号線(粕川・長谷川沿いの道)を山の方へ入っていた先に、「君が代」で詠まれている「さざれ石(県指定天然記念物)」のある公園があります。
「さざれ石公園」は、岐阜県側からの伊吹山の登山道の入口(笹又登山口)になっているようでした。

さざれ石は、学名を石灰質角礫岩と言います。
石灰石が長い年月の間に雨水で溶解され、そのときに生じた粘着力の強い乳状液(鍾乳石と同質)が次第に小石を凝結して、だんだん巨巌となり、河川の浸蝕作用により地表に露出し、苔むしたものです。

この石にまつわる郷土の伝承として、平安時代前期、第55代文徳天皇(在位850~858年)の第一皇子惟喬親王(木地師の祖神)は、椀木地(当時の重要産業)を司る役目でした。藤原朝臣石位左衛門(歌人)はこの惟喬親王に仕えていました。
親王は当時、近江の君ヶ畑(滋賀県東近江市君ヶ畑町)に住んでいました。
(第一皇子でありながら、第56代天皇は第四皇子の惟仁親王が即位され、この君ヶ畑や蛭谷に隠棲されていた。)

石位左衛門は、親王の命を受けて、近江の君ヶ畑から椀木地の良材を求め、美濃の春日村に一族と共に移り住みました。
石位左衛門は、春日村から近江の君ヶ畑や京都へ行き来する際、古屋笹又と言う地区の谷間で、渓流に露出する「さざれ石」を見て、「これは珍しい石、目出度い石である」と見たまま、感じたままを、詠んで奉った歌がこの一首です。

―わが君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで―

都では「見かけぬめずらしい石であり、かつまた秀歌である」として、その歌を「古今和歌集」(巻七)賀歌に採録されることになったそうです。
(さざれ石(小石)が巌(いわお)となり、さらに苔が生えるまで:非常に長い年月を表す比喩)
千代に栄える事を希ったのです。歌の意味を知ると、感慨深いですね。

モリモリ村フレッシュ館のスチームサウナは、すごい音がしましたが…慣れると「薬草蒸」のようで気持ちよかったです。
露天風呂があると、さらに気持ちがいいのでしょうが、ここは、天井が高いのでずっと内風呂にいても快適でした。
そして、岐阜にも350円~モーニング(名古屋モーニング)がある事を知りました(^_^;)。

◇かすが モリモリ村 リフレッシュ館(薬草の里 春日)
岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合3429 TEL0585-58-0001
営業時間:風呂10:00~21:00、レストラン11:00~20:00(モーニング8:00~11:00)
入浴料:大人400円
定休日:毎週水曜日(水曜日が祝日の場合は翌日)
【電車・バス】養老鉄道「揖斐駅」から名阪近鉄バス春日線で約25分(県道32号線を西へ約10km)、「モリモリ村」で下車。
【車】名神高速道路「大垣IC」から、国道258・417号線を北へ、下岡島交差点を左折(西)県道32号線へ、約30km。
名神高速道路「関ヶ原IC」から、県道53号線・国道417号線・県道32号線経由で約29km。
駐車場:有(無料)
モリモリ村のWebページ:http://morimorimura.com/

◇さざれ石公園(県天然記念物)
所在地:岐阜県揖斐郡揖斐川町春日(旧春日村)
問い合わせ:TEL0585-57-2111(春日振興事務所)
【車】名神高速道路「大垣IC」から国道258・417号線を北へ、県道32・257号線を西へ。
駐車場:あり

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2012年6月3日 at 4:08 AM

カテゴリー: おでかけ(岐阜)

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西美濃 揖斐川町 久瀬のつり橋と温泉

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前の記事」(西美濃 両界山横蔵寺といび川温泉)のつづきです。
横蔵寺からいび川温泉へ行く途中の、国道303号線・久瀬トンネルを抜けたあたりの、揖斐川につり橋が掛かっています。
このつり橋は、「恋のつり橋」というそうです…。
揖斐川を挟んで、東津汲と西津汲があるのですが、橋ができた後、両岸の地域の男女が結ばれることが増えた為、いつしかこの名で呼ばれるようになったとか…。
この他にも「恋の成就ルート」なるものがあるそうです。

久瀬の恋のつり橋

さて、今回は「久瀬」というあたりです。
この地名ですが、旧揖斐郡久瀬村は合併の為、2005年から揖斐郡揖斐川町になったそうです。
ですから「久瀬」は、建物(学校・役場など)の呼び名としては残っています。

その前にもう1件、横蔵寺から久瀬に来る前に、廃校になった小学校を見つけました。
県道40号線と県道267号線の分岐点あたりです(横蔵寺から2.5km南東方向)。
2003年に廃校となった旧谷汲村立横蔵小学校を、「ラーニングアーバー横蔵」と言う合宿研修施設にリメイクしたそうです。
ランチの時間は、元職員室が「レストラン樹庵」として営業されます。
山菜など地元産の季節の食材を使用した定食類や、お蕎麦が人気なのだそうです(日替わり定食800円)。

ここは、県道40号線沿いから見たら、何の建物かよくわかりません、運動場側に回ってようやく「樹庵」とわかりました。
玄関からスリッパに履き替えると、授業参観にでも来たような気分になります。
廃校が再利用された施設に来たのは、「阿曽温泉」につづき2件目です。
懐かしくもあり…子どもの姿がない学校は、寂しくも感じますね…。

では、旧揖斐郡久瀬村に戻ります。
国道303号線沿いの「恋のつり橋」から、揖斐川の少し上流に「久瀬橋」があります。
久瀬橋の近くに「特産品販売所 おばちゃんの店」と言うのを見つけ、そこで地図を貰いました。
「恋のつり橋広場」あたりを散策しました(^_^;)。
その後、県道40号線を西へ、日板川の上流「揖斐高原貝月リゾート」の方向に進みます。
日板川沿いを走っていると「夫婦滝」を見つけました。

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Written by むねこ

2012年6月1日 at 3:31 AM

カテゴリー: おでかけ(岐阜), グルメ

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