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「日本の世界遺産」「国宝・史跡・名勝」「日帰り温泉」を巡る、旅ブログを主に綴っています。

Archive for the ‘おでかけ(京都)’ Category

京都西山三山 楊谷寺の紫陽花

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前の記事」(京都西山三山 善峯寺の紫陽花)のつづきです。
京都市西京区大原野の「善峯寺」の次は、長岡京市の「楊谷寺(ようこくじ)」へ行きました。
楊谷寺の境内から奥ノ院にかけての「あじさいのみち」には、約4500株のあじさいが植栽されています。

あじさいのみちから境内

楊谷寺は、西山浄土宗総本山光明寺の末寺です。
光明寺より南西の山間渓谷にあり、柳谷観音の名で親しまれています。
楊谷寺のすぐ西側は大阪府三島郡島本です。

寺伝によると大同元年(806)の創建で、京都清水寺の開祖延鎮が開き、空海(弘法大師)もこの地で修行したと言われ、延鎮を第一世、空海を第二世としています。
境内には空海(弘法大師)の法力による独鈷水(おこう水)があり、眼病に効くことで知られ、毎月17日の縁日には各地からの参拝者で賑わいます。
また、平成8年度には長岡京市観光協会設立25周年を記念して「楊谷寺あじさいのみち」が整備されました。

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2012年6月28日 at 1:07 AM

京都西山三山 善峯寺の紫陽花

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梅雨入りし、紫陽花の花も色づいてきました。
今が見ごろと言う事で…
京都西山三山 善峯寺の「あじさい苑」へ行きました。

桜・あじさい苑(幸福地蔵)

善峯寺は、平安中期の長元2年(1029)、恵心僧都の弟子源算の開基と伝えられています。
中世には、青蓮院門跡の宮様が代々住職を勤めたため、「西山宮門跡」と称されました。
応仁の乱で焼亡後、徳川5代将軍綱吉の生母・桂昌院の寄進により復興されました。
現在は、西国三十三所観音霊場の第二十番札所です。

山の斜面にある境内地は3万坪で、回遊式境内(7代目小川治兵衛作)1周約40分です。
奥之院(薬師堂)まで登ると、眼下に京都市街が広がります。
桜・あじさい苑は、1周約40分の参拝順路には含まれていませんが、幸福地蔵から一望する事ができます。
今の季節は、紫陽花の花が咲き、まさに絶景でしたよ(^_^)。

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2012年6月26日 at 12:53 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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木津川市 当尾の里 浄瑠璃寺(九体寺)

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前の記事」(木津川市 当尾の里 岩船寺の紫陽花)のつづきです。
浄瑠璃寺(じょうるりじ)は、京都府木津川市加茂町西小札場の「当尾(とうのお)の里」にある真言律宗の寺院です。
山号は小田原山。
当尾(浄瑠璃寺地域)は、京都府歴史的自然環境保全地域に指定され、岩船寺から浄瑠璃寺へは、府道752号線を西へ約2.2kmの位置にあります。

寺号は、創建時の御本尊(三重塔の内陣に安置されている)、薬師仏の浄土「浄瑠璃世界」から付けられました。
中央の宝池を挟んで、東方浄瑠璃浄土の薬師仏を東に、西方極楽浄土の阿弥陀仏を西に配した、平安時代後期(藤原時代)の日本が生みだした浄土式伽藍がただ一つ完全に残されてきた寺です。

九体阿弥陀堂(国宝)

梵字の阿字をかたどったといわれる宝池を中心にして、東に東方本尊の薬師仏(秘仏 重文)を安置する三重塔(国宝)が、西に西方本尊の九体阿弥陀仏(国宝)を安置する本堂(九体阿弥陀堂 国宝)が建っています。
藤原時代には、京都を中心に競って建立された九体阿弥陀仏と、それをまつるための横長の堂(正面11間、側面4間)も、現存する唯一のものです。

庭園は、国の特別名勝及史跡に指定されています。
派手さはないですが、草花が咲き、蝶が舞い、鳥のさえずりが良く似合う、落ち着いた雰囲気の庭園でした。
これまで、京都・奈良の世界遺産の寺院を巡りましたが、平安時代の雰囲気を感じる庭園を観たのは、ここが初めてでした。

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2012年6月21日 at 5:13 AM

木津川市 当尾の里 岩船寺の紫陽花

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関西花の寺「第十五番 岩船寺(がんせんじ)」は、紫陽花のお寺です。
岩船寺は、京都府木津川市加茂町の「当尾(とうのお)の里」にある真言律宗の寺院です。山号は高雄山(こうゆうざん)。

当尾(岩船寺地域)は、京都府歴史的自然環境保全地域に指定され、平安時代後期から鎌倉・室町時代にかけて、浄土信仰の霊地として栄えたところです。
昭和26年に加茂町に編入されるまで、相楽郡当尾村(塔婆が建ち並ぶ屋根という意味の「塔尾」からきている)でした。
現在、「石仏の里」の中心地として親しまれています。

2012年6月10日に行ったのですが、岩船寺は御本陣山(標高321m)の山寺であるため、宇治より少し寒いようで、紫陽花の見頃には少し早かったです(^_^;)。

十三重石塔(重文)・三重塔(重文)

岩船寺の創立は、天平元年(729)第45代聖武天皇の勅願で、僧行基によって阿弥陀堂を建立したのに始まります。
最盛期には東西十六町、南北十六町の広大な境内に三十九の坊舎を有したそうですが、承久の乱(1221)等の兵火により焼失しました。
鎌倉から江戸末期まで南都興福寺一乗院の末寺でしたが、明治十四年に真言律宗西大寺の末寺となりました。
御本尊は阿弥陀如来坐像で、10世紀中期(平安時代)を代表する仏像として知られています。

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2012年6月16日 at 2:45 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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伏見区 醍醐寺 門前の甘味

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前の記事」(醍醐寺の桜)のつづきです。
2012年4月7日に京都市伏見区の醍醐寺に行きました。

桜の季節の醍醐寺は非常に美しいですが、拝観者も多く賑わいます。
特に三宝院の大玄関の横のしだれ桜には、常に沢山の人たちが…

今回は、お坊さんの案内があり、三宝院の西側にある修証殿の方に初めて行きました。
修証殿の南側には、憲深林苑があり、そこにもしだれ桜がありました。
そして、桜を見ながら楽しめる野点席(お茶席)もありました。
隠れた奥にこんな所があったのですねぇ…発見です。

三宝院を拝観した後、霊宝館の西側(雨月茶屋の前)に出店が出ていたので休憩をしました。
まだAM10時前でしたが、温まるものを…と思い、うどんをいただきました。

この後、霊宝館などを拝観し、AM11時過ぎにはお寺を出る事にしました。
総門の前の「醍醐道」は、駐車場に入れない車が列をなしていました。
京都の桜のシーズンは、ひどく渋滞しますので、早い目にスタートしないと酷い目にあいますね(-_-;)。

醍醐寺の総門前に甘味屋さんを見つけました。
八ツ橋のお店「京栄堂」さんです。おみやげに「つつみ生八ツ橋」を買いました。
初めて見る食べ物です。
あん入り生八ツ橋を、三笠の生地で優しく包んだもの…だそうです。
店内の試食は、焼き立てでした。
どら焼きのような食感で、ニッキの香りもして… 好みの味でした…(*^_^*)。

醍醐寺のしだれ桜は、見事ですね。

◇真言宗醍醐派 総本山醍醐寺
京都府京都市伏見区醍醐東大路町22 TEL075-571-0002
拝観時間:9:00~17:00(12月第1日曜の次日~2月末は9:00~16:00)
拝観料:伽藍600円、三宝院600円、霊宝館600円(共通券も有)。
【電車】地下鉄東西線「醍醐駅」(外環状線)から東方向へ、約800km(徒歩10分)。

◇京栄堂 醍醐店
京都府京都市伏見区醍醐中山町13  TEL075-574-2028
(醍醐寺総門から徒歩2分)

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2012年4月15日 at 12:09 AM

伏見区 醍醐寺の桜

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近所のソメイヨシノが咲き始める前の…
2012年4月7日、京都市伏見区の醍醐寺へ行きました。

洛南のしだれ桜は、ソメイヨシノより早く開花します。
醍醐寺のしだれ桜は、5部~7分咲きでした。

霊宝館のしだれ桜

醍醐寺は、真言宗醍醐派の総本山です。
弘法大師の孫弟子、理源大師・聖宝が、貞観16(874)年に創建。
開創後、醍醐・朱雀・村上の三代(第60~62代)にわたる天皇の帰依により、山上山下にまたがる大伽藍が整いました。
応仁の乱で、下醍醐は五重塔(国宝)を残して焼失、上醍醐も荒廃後、豊臣秀吉・秀頼によって再建されました。

三宝院は、建造物の大半が重文に指定されていて、中でも表書院は国宝に指定されています。
三宝院庭園は、国の特別史跡・特別名勝に指定されています。
庭園は、秀吉が「醍醐の花見」に際して、自ら設計をしたそうです。
(三宝院の建物の中、庭とも撮影は禁止です)

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2012年4月13日 at 11:58 PM

嵯峨釈迦堂 清凉寺の名物甘味

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前の記事」(嵯峨釈迦堂 清凉寺の梅)のつづきです。
3月14日、京都市右京区の嵯峨釈迦堂 清涼寺~嵯峨二尊院~嵯峨小倉山 常寂光寺を散策しました。
今年は寒くて梅の開花が遅れていましたが…行った日は、みごとに咲いていました♪

嵯峨釈迦堂 清凉寺の境内には、ゆどうふ屋さんと、あぶり餅屋さんがあります。

「あぶり餅」というと…以前にも記事にしました「今宮神社門前の名物甘味」ですが…
清凉寺境内の「大文字屋」さんは、嵯峨釈迦堂-五台山清凉寺千二百年を期に創業したのだそうです。
さんざん歩き回って…休憩にいただく甘味は格別です(*^_^*)。白味噌だれウマー。

ゆどうふの方は、お昼で3,675円です。予算がないので、麩まんじゅうをお土産に買いました。

◇嵯峨乃 あぶり餅 総本家 大文字屋
◇ゆどうふ 竹仙
京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46 清凉寺境内
【電車】JR山陰本線(嵯峨野線)「嵯峨嵐山駅」下車徒歩約10分。京福電鉄嵐山線「京福嵐山駅」下車徒歩約10分。
清凉寺駐車場あり(東側清凉寺道より入る)

二尊院から常寂光に行く途中、「小倉百人一首文芸苑」と「落柿舎」がありました。

小倉百人一首文芸苑の看板には、こう書いていました。
「小倉百人一首は、古今集から続後撰集に至る十種の歌集から撰歌されています。ここでは、八番目の勅撰集である新古今集から選ばれた十四首の歌を紹介しています。」
嵐山・嵯峨野には、この様な歌碑が、5地区にあるようです。
◇所在地:京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町

そして落柿舎は、松尾芭蕉の弟子、向井去来の閑居の跡として知られています。
芭蕉も晩年、三度この庵を訪れ、名作「嵯峨日記」を著したそうです。
◇所在地:京都府京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20

歌碑や句碑をめぐる散策も楽しそうですねぇ(^_^)。
○参考までに…「京都・嵐山 小倉百人一首殿堂 時雨殿」のWebページです↓
http://www.shigureden.or.jp/

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2012年3月23日 at 12:18 PM

カテゴリー: おでかけ(京都), グルメ

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嵯峨小倉山 常寂光寺の梅

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前の記事」(嵯峨二尊院の梅)のつづきです。
「百人一首」で名高い小倉山の東麓にある「二尊院」と「常寂光寺」。
藤原定家が、百人一首を撰定した場所といわれる山荘「時雨亭跡」が小倉山の中腹にあります。

二尊院から南へ約300mほど歩いた先に、「常寂光寺」があります。
二尊院も常寂光寺も紅葉の名所です。
梅の時期の紅葉の木は、若葉も茂っておらず、少しさみしい参道ですが…(^_^;)。
常寂光寺では、「盆梅展」が行われていました。

常寂光寺 盆梅

常寂光寺は、京都市右京区嵯峨小倉山小倉町にある日蓮宗の仏教寺院です。山号は小倉山。
慶長元年(1596年)に、日蓮宗大本山 本圀寺十六世の日禎上人が、この地に隠棲し、常寂光寺を開創しました。
歌人でもある日禎上人に、歌枕の名勝小倉山を隠棲地として提供したのは、角倉了以と角倉栄可で、小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備されました。

小倉山の中腹の斜面に境内があり、仁王門、本堂・妙見堂、多宝塔(重要文化財)へと登って行きます。
結構急な参道の階段をのぼり、振り返れば…京都の街並みを一望できます(*^_^*)。

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2012年3月22日 at 11:47 PM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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嵯峨二尊院の梅

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前の記事」(嵯峨釈迦堂 清凉寺の梅)のつづきです。
桜と紅葉の名所、嵐山・嵯峨野ですが、梅の時期の嵯峨野は、静かでのんびりした雰囲気でした。
このまま小倉山の方に歩くのも悪くないかぁ…と思い、車を清凉寺の駐車場に停め、「二尊院」「常寂光寺」の方へ行ってみることにしました。

「百人一首」で名高い小倉山の東麓に、二尊院と常寂光寺があります。
平安時代末期から鎌倉時代初期の公家・歌人の藤原定家が、百人一首を撰定した場所といわれる山荘「時雨亭跡」が小倉山の中腹にあります。
この「時雨亭跡」は、嵯峨に三か所あるらしく…二尊院・常寂光寺・厭離庵と…常寂光寺のパンフレットにありました。

九頭竜 弁財天堂

まずは、「二尊院」についてこの記事に載せます。
二尊院は、京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町にある天台宗の寺院です。山号は小倉山。
本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を祀るため、二尊院と呼びますが、正しくは「小倉山二尊教院華台寺」といいます。

平安時代初期の承和年間(834年~847年)、嵯峨天皇の勅願により円仁(慈覚大師)が開山したといわれております。
以後、荒廃していたのを鎌倉時代初期、法然上人の高弟湛空らにより再興されました。
応仁の乱(1467~1477)により諸堂が焼失しましたが、本堂、唐門(勅使門)は約三十年後に再建されました。

また総門は、豪商角倉了以が伏見城の「薬医門」を慶長十八年(1613)に移築したもの、参道は「紅葉の馬場」といわれ秋には紅葉が美しい所です。
二尊院では、「たつ年特別展観 九頭竜弁財尊天」が行われていました。

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2012年3月22日 at 12:23 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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嵯峨釈迦堂 清凉寺の梅

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「前の記事」で京都市上京区の北野天満宮の梅について書き、すっかり気分をよくし…。
梅も良いよねぇ…と思い、京都市右京区嵯峨釈迦堂にある浄土宗の寺院「清凉寺」に行きました。

多宝塔・阿弥陀堂・一切経蔵の梅は、みごとに咲いていました(*^_^*)。
本堂東側の「軒端梅」は、まだ咲いていなかったように思います。
2012年3月14日に行ったのですが、この日はお松明式の前日で、境内では準備が行われていました。
そして、御本尊の「生身の釈迦如来さま」(国宝)も観ることができました。

阿弥陀堂は、棲霞観跡とありました。
「源氏物語」の光源氏のモデルといわれる、第52代嵯峨天皇皇子の源融(822~895)の山荘「棲霞観」があったそうです。
融の没後、寺となって「棲霞寺」としたのが始まりといわれ。
天慶8年(945)重明親王妃が棲霞寺寺域に新堂を建立し、藤原氏に寄進。その時、等身大の釈迦像が安置され、これが釈迦堂の名前の由来ともいわれています。

永延元年(987)、ちょう然上人が宋から持ち帰った釈迦如来立像(本尊・国宝)を、棲霞寺境内に安置するため、愛宕山を宋の五台山に見立てた「清凉寺」の建立を計画します。
が、ちょう然上人が志半ばで没したため、弟子の盛算が「清凉寺」を建立して像を安置しました。
のちに、この釈迦如来立像の背中に蓋が発見され、中に内臓を模した絹製の五臓六腑などが納められていたことから、「生身のお釈迦さま」とも呼ばれています。

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Written by むねこ

2012年3月21日 at 6:03 AM

カテゴリー: おでかけ(京都)

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