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「日本の世界遺産」「国宝・史跡・名勝」「日帰り温泉」を巡る、旅ブログを主に綴っています。

Archive for the ‘日本の世界遺産’ Category

広島の旅 宮島 厳島神社周辺

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前の記事」(宮島 厳島神社)のつづきです。
前の記事で、寝殿造りは、平安時代の都の高位貴族住宅の様式で、南の庭に面して建てられている…
と書きました。
しかし、厳島神社の御本社正面は北西方向を向いています。もろ逆光でした…(-_-;)。

島全体を御神体として、本州側から船で参拝をしていたので、本州側(北西方向)を向いていると考えます。
ですから、下の案内図は、南が上で見ます(^^ゞ。
厳島神社の入口は東側で、まず「摂社の客神社」があり、回廊で各建物を結び、中央に「御本社」、西側に「大国神社」「天神社」「能舞台」などがあり、西側が出口です。

宮島 案内図

厳島神社の東側の高台に「末社 豊国神社」と「五重塔」、南側の弥山中腹に「大聖院」、西側に「大願寺」「多宝塔」「清盛神社」、北側に「大鳥居」があります。

○「豊国神社」…天正15年(1587)に豊臣秀吉が、大経堂(読経所)として建立したもの。明治初年の神仏分離の際、仏像は大願寺に移し厳島神社末社となる。重要文化財。
○「大願寺」…日本三弁財天の一つ厳島弁財天を祀り、明治維新までは厳島神社の修理造営を司っていました。
○「大聖院」…真言宗御室派の大本山。明治維新まで厳島神社の別当職として祭祀を司ってきました。大同元年(806)に弘法大師が、弥山の上で修行をして開基したと伝えられます。
○「清盛神社」…御祭神:平清盛公。昭和29年の清盛公没後770年を期に、三翁神社から御祭神を遷座創建されました。

つづきを読むからは、フォトギャラリー8枚です。
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Written by むねこ

2012年4月10日 at 2:17 PM

広島の旅 宮島 厳島神社

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前の記事」(広島に行ってきました)のつづきです。
1日目の呉市観光の翌日は、朝から廿日市市の「宮島」に向かいました。

この日は、干潮が6:26、満潮が12:35でしたが、干潮時の潮位が28cm、満潮時の潮位が333cmでしたので、朝の8時過ぎでも潮位が100cm以下だったようで、厳島神社の干潮時・満潮時の両方を観る事ができました。
○「潮の干・満の表」をチェックしておでかけください(^_-)。

☆この日の写真(34枚)は、Windows live でフォトアルバムにしました。
フォト h 宮島 厳島神社(世界遺産・国宝)2012.2」です。

太古より、宮島は島全体をご神体としてとらえており、人が住むことも許されない聖なる土地として言い伝えられていました。
宮島は神職や僧侶でさえ島に渡るのは祭祀の時のみで、人が住み始め、町が形成されたのは、鎌倉時代末期からだそうです。

宮島は全島が国の特別史跡・特別名勝、弥山北麓の原始林が国の天然記念物に指定されています。
さらに、平成8年(1996)嚴島神社とその背後の弥山一帯がユネスコの世界文化遺産に登録されました。

厳島神社は推古元年(593)、大和時代の安芸の豪族である佐伯鞍職により社殿の基礎が創建されました。
平安時代後期の仁安3年(1168)には、神主の佐伯景弘が平清盛の援助を得て、現在の様式の海上社殿に造営されました。
その後二度の火災を経て、現在の客神社は鎌倉時代の仁治2年(1241)に、御本社本殿は室町時代後期の元亀2年(1571)に再建されたものです。

平家が滅んだ後も、鎌倉幕府や室町幕府、地元の領主大内氏や毛利氏、また豊臣秀吉も嚴島神社を信仰し、篤く庇護しました。

厳島神社の社殿ですが、平安時代の寝殿造りの建築様式をよく残しています。
現存する寝殿造りの建物は、もう残っていない為、当時を知ることができる貴重な遺産と言われています。

寝殿造りは、平安時代の都の高位貴族住宅の様式で、寝殿(正殿)と呼ばれる中心的な建物が南の庭に面して建てられ、東西に対屋と呼ばれる付属的な建物を配し、それらを渡殿でつなぎ、更に東西の対屋から渡殿を南に出してその先に釣殿を設けたものです。

外観は、なんとなくですが…「平等院」に似ていると思いました。
平等院は、平安時代後期の1052年に宇治関白藤原頼通が、父道長の別荘を寺院に改めたものです。
平等院は前面は池ですが、厳島神社は海です。さらに潮の満ち引きにより姿を変えます。
壮大や奇抜な海上社殿だと言われるのも納得です(*^_^*)。

◇世界遺産 厳島神社
広島県廿日市市宮島町1-1 TEL0829-44-2020
アクセス:宮島口桟橋(本州側)→宮島へフェリーで約10分→宮島桟橋から約800m(徒歩約10分)。
【電車】広島駅からJR山陽本線で25分(400円)「宮島口駅」下車、駅から「宮島口桟橋」へ徒歩3分。
広島駅から広島電鉄宮島線で1時間「広島電宮島口」下車、駅から「宮島口桟橋」へ徒歩1分。
【車】広島岩国道路「廿日市IC」または「大野IC」から「宮島口桟橋」へは国道2号線で約4km(10分)。
【船】「宮島口桟橋」から、JR西日本宮島フェリーまたは宮島松大汽船で10分、「宮島桟橋」下船(片道170円)。
広島港から高速艇で22分(片道1800円)。
元安桟橋(平和公園そば)から世界遺産航路で45~55分(片道1900円)。
拝観料:300円。 時間:6時30分~18時(季節によって変更あり) 無休 Pなし
○厳島神社の主祭神は市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命の三女神です。

Written by むねこ

2012年4月7日 at 12:08 AM

広島に行ってきました。

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梅めぐりをしていて、後回しになってしまいましたが…(^^;ゞ
2012年2月に広島に行きました。
1日目は呉市、2日目は宮島を観光しました。
今回の旅行のメインは、世界遺産の厳島神社です。

厳島神社は推古元年(593)、大和時代の安芸の豪族である佐伯鞍職により創建されました。
(その後、厳島神社の神主家は佐伯氏→藤原氏→佐伯氏が世襲します)
現在の社殿の形に造営されたのは、平安時代の仁安3年(1168)、平清盛の庇護によるものです。
この厳島神社の海上建築は、あまりにも有名ですが…
呉市の音戸でも、平清盛が日宋交易促進のために永万元年(1165)に、海峡の開削工事を行っています。

「音戸の瀬戸」といい、平安時代は歩いて渡れたのを、深く掘り下げて開削したそうです。
現在「音戸の瀬戸」では、「平清盛 音戸の瀬戸ドラマ館」が開催されています。
開催期間:2012年1月14日(土)~2013年1月14日(月・祝)。

呉市には、ぽんちゃんの希望で「1/10戦艦大和」を見に来ただけでしたので…
この「音戸の瀬戸」の事は全く知らず…予定に入れていませんでした(T_T)。
「大和ミュージアム」で「清盛くんを探そう!スタンプラリー」ってのをみつけまして…
それで「音戸の瀬戸」と「ドラマ館」の事を知りました。

この「清盛くん」ですが、「日招き像」(立烏帽子直垂姿)の銅像です。
平清盛が沈む夕日を、「おちまいぞぅ」 と扇で招き返し、わずか1日で切り拓いたとされる伝説があるそうです(^_^;)。
実際は、1164年に音戸の瀬戸開削工事に着手し、十ヵ月を要する難工事の完成間近になった1165年7月16日、何としても完成させなければならないこの日、沈みかけた夕日に向かい「かえせぅ もどせぅ おちまいぞ」と叫んだ…とか…

「清盛くん」銅像設置場所(7ヶ所)で、4つ以上のスタンプを集め応募すると、抽選で豪華賞品が当たります。
〈参考〉詳しくは、こちらのWebページを→ 「清盛くんを探そう!スタンプラリー

今回は、車で広島まで行きましたので、半日は移動時間でした(移動距離:約390km(約5時間))。
ですから、呉市に居たのは数時間で、広島市内へ移動しました。
呉市は、思っていたよりも「見どころ」があり、ここで一泊しても良かったかも…と、もったいなくも思いました。
「海猿」「男たちの大和」「大河ドラマ 平清盛」「ももへの手紙」のロケ地もあるので、ロケ地めぐりも楽しいかも…です。

〈参考〉呉市観光Webページ「くれナビ」→ http://www.kurenavi.jp/

◇音戸の瀬戸公園
所在地:広島県呉市警固屋 TEL0823-25-3309(呉市産業部観光振興課)
【電車・バス】JR呉駅前バス停から「見晴町」行きバスを利用、「音戸大橋」下車すぐ。
または「呉倉橋島線又は阿賀音戸の瀬戸線」乗車「音戸渡船口」下車、徒歩約10分 。
【車】広島呉道路「呉IC」から国道487号線経由で約25分。 駐車場:約110台(無料)
○呉に伝わる「日招き伝説」のある景勝地。現在海峡には、警固屋と音戸町(倉橋島)とをつなぐ「音戸大橋」が掛けられています。

◇平清盛 音戸の瀬戸ドラマ館(おんど観光文化会館うずしお内)
広島県呉市音戸町鰯浜1-2-3 TEL0823-50-0041
開催期間:平成24年1月14日(土)~平成25年1月14日(月・祝)
開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで) 無休。
入場料:大人300円
【電車・バス】JR呉駅前バス停から「呉倉橋島線」乗車(約25分)「清盛塚」下車、徒歩すぐ。
【車】広島呉道路「呉IC」から国道487号線経由で約25分。 駐車場:あり(近隣有料駐車場)
【船】呉中央桟橋からシャトルシップ「清盛号」(ドラマ館開催期間の土・日・祝日)で音戸漁港まで約25分(片道大人500円)。
「音戸渡船口」警固屋側から「音戸の渡し船」利用後、徒歩3分。
○大河ドラマのロケで平氏の大将船として使用された、大迫力の15m大型和船を展示。
(この船は、古くから造船業が盛んな倉橋町で造られました。)

[その他 音頭への交通機関] 続きを読む »

Written by むねこ

2012年4月2日 at 10:59 PM

姫路城 2011.12

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今年も義父の命日に姫路帰省し、姫路城を見に行きました。
姫路城大天守は、2009年~2015年まで保存修理工事が行われています。

2011.12の姫路城天守の様子です。
大天守を覆う素屋根は鉄骨トラス構造で、備前丸からの高さは約52.5mで13階建てのビルの高さに相当します。
素屋根の壁面には約800枚ものメッシュシートを取り付けているそうです。

三の丸広場から撮影しました。

☆ちなみに、工事前の姫路城はこちらで記事にしています↓
姫路城(世界遺産・国宝)2008.12

◇姫路城
兵庫県姫路市本町68番地 TEL079-285-1146 【休】12/29.30
入城時間:9:00~16:00(閉門17:00)、4/25~8/31は9:00~17:00予定(閉門18:00)
入場料:一般400円
アクセス:JR山陽本線・山陽電鉄「姫路駅」から徒歩15分

Written by むねこ

2011年12月31日 at 8:17 PM

宇治市 平等院の藤

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5月の花めぐりのつづきです。
世界遺産の平等院は、「藤の名所」です。

京都府宇治市まで来たのですから、「ツツジの名所三室戸寺」の続きで、「平等院」にも寄ることにしました。
表門から入ると、観音堂の横に藤棚があります。
2011年5月7日の時点で、こちらも咲いていましたよ(*^_^*)。

平等院は永承7年(1052)、関白藤原頼通によって開創され、鳳凰堂はその翌年の天喜元年(1053)、阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂として建立されました。
庭園は浄土式の借景庭園として史跡名勝庭園に指定されています。

国宝の鳳凰堂は、極楽浄土の宮殿をモデルにしたもので、中堂・左右の翼廊・尾廊からなる鳥が羽を広げたような、珍しい形の建物です。
内部の本尊阿弥陀如来坐像、二重天蓋なども国宝です。
平等院には、平安時代の文化財が多数残っています。

この日は、三室戸寺にAM8:30の開門とともに入り、三室戸寺の5千坪の庭園を回遊して…
その後に平等院に入ったので、AM10:00過ぎでした。

とりあえず、南門側の宇治駐車場(有料700円)には入れたので一安心したのですが…
南門の案内員さんが「只今、鳳凰堂は混雑しております」…と。
行ってみると、鳳凰堂の受付には長蛇の列が…。
やはり…シーズン中の土曜日ですものねぇ…(p_-)。

受付に並ぶのはやめて、目的の藤棚のまわりをクルクル回り鑑賞。
藤は、良い香りですね。大きな蜂がいますのでご注意ください。
その後、阿字池のまわりを一周して、そのまま表門から門前町(表参道)にランチを食べに行きました。

そして、再び表門から再入場すると、さらに人が増えている…(/_;)。
平等院には、以前来ていますので、鳳凰堂内部を拝観せずに、鳳翔館を抜けて帰りました。
(鳳凰堂の案内員さんの説明を聞くと、鳳翔館を見るのに面白くなるで、出来れば鳳凰堂の内部を拝観する事をお勧めします。)

○ちなみに、以前に行った時の内容です↓。
フォトアルバムup(平等院)2009.6

◇「平等院」 世界遺産・国宝
京都府宇治市宇治蓮華116 tel:0774-21-2861
拝観料:入園+鳳翔館 600円(鳳凰堂は別に300円)
拝観時間:8:30~17:30(受付終了17:15)
(鳳翔館 9:00~17:00(受付終了16:45)、鳳凰堂受付 9:10~16:10)
【電車】JR奈良線「宇治駅」下車、徒歩10分(宇治橋西づめから表参道へ)。
京阪電鉄宇治線「京阪宇治駅」下車、徒歩10分(宇治橋を渡り表参道へ)。
【車】京滋バイパス宇治東ICより府道7・3号線経由約2km(約8分)。
(注意 大阪方面よりは京滋バイパス宇治西IC下車)

Written by むねこ

2011年5月8日 at 3:51 AM

五条町 唐招提寺(世界遺産・国宝)

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前の記事」(歴史街道スタンプラリー 西の京)のつづきです。
「薬師寺」につづき、「唐招提寺」へ行きました。

唐招提寺は、近鉄橿原線「西ノ京駅」から徒歩約10分の所にあります。
近鉄「大和西大寺駅」から南へ約3km、薬師寺から北へ約700mの位置です。
この2カ所は、同じキャラのスタンプなので1つしか押せませんでした(T_T)。

この日の写真を、Windows liveのフォトアルバムにupしました。
フォト 薬師寺・唐招提寺(世界遺産・国宝)2010.12」(13枚~26枚目)です。

唐招提寺(とうしょうだいじ)は、奈良市五条町にある寺院です。
奈良時代、天平宝字3年(759)、平城京の右京、新田部親王の旧宅地を賜わり、創建された鑑真和上の私寺が始まりです。
境内には、奈良時代(天平文化)の建物が多く残っています。
国宝の金堂は、平成大修理(1998~2009)が完了しました。

むねこのフォト(モバイル)ページはこちらから↓。
mphotos 唐招提寺(世界遺産・国宝)2010.12

唐招提寺の境内は、派手さはないですが、木々に覆われ、落ち着いた雰囲気でした。
春には、「けい花」と言う日本では珍しい、中国の花が咲くそうです。
けい花の香りの「お線香」を購入しました(*^_^*)。

ここで、鑑真と奈良時代のお話を…。
奈良時代、税からのがれる為、私度僧(位を持たないインチキ坊主)が多かったそうです。
それで、第45代聖武天皇(724-749在位)は伝戒師(僧侶に位を与える人)をさがし、鑑真に唐から日本へ招請されました。
当時の航海は命懸けで、苦難の末、6回目の渡航で来日を果たされます。

754年、第46代孝謙天皇の勅により戒壇の設立と授戒について一任され、「東大寺」大仏殿に戒壇を築き、聖武上皇から僧尼まで400名に菩薩戒を授けました。
758年、第47代淳仁天皇の勅により大和上に任じられます。
759年、戒律の専修道場である律宗総本山唐招提寺を創建。鑑真和上は、晩年を唐招提寺で過ごされました。
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Written by むねこ

2011年3月9日 at 3:15 AM

西ノ京 薬師寺(世界遺産・国宝)

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前の記事」(歴史街道スタンプラリー)のつづきです。
スタンプ設置箇所、まずは「西の京の薬師寺」から…。

この日の写真を、Windows liveのフォトアルバムにupしました。
フォト 薬師寺・唐招提寺(世界遺産・国宝)2010.12」(1枚~12枚目)です。

薬師寺は、奈良県奈良市西ノ京町にある寺院です。
680年、第40代天武天皇の発願により、皇后(のちの持統天皇)の病気回復を願って、飛鳥の藤原京(橿原市城殿町)の地に造営が開始され、平城遷都に伴い、現在の地に移されたものです。

飛鳥時代のうち、大化の改新~平城遷都まで、第40代天武・第41代持統朝を中心とする、藤原京での華やかな文化を「白鳳文化」と言います。
薬師寺は、当時の「白鳳様式」の伽藍です。

むねこのフォト(モバイル)ページはこちらから↓。
mphotos 薬師寺(世界遺産・国宝)2010.12

平城京の薬師寺は、天禄4年(973)の火災と、享禄元年(1528)の兵火で多くの建物を失いました。
現在、白鳳時代の建物は、東塔を残すのみで、ほとんどが昭和~平成に復興されたものです。
ですから、奇麗な建物が整然と並んでいて、鮮やかさと美しさに圧倒されます。
日本とは思えない空間でした(^^ゞ。

ここで、少し歴史のお話を…。
第40代天武天皇(大海人皇子)は、「大化の改新(646年)」を実行した中大兄皇子(天智天皇)の弟です。
天智天皇が崩御されたのち、天智天皇の太子・大友皇子(弘文天皇)に対し反乱を起こし、勝利します。これを「壬申の乱(672年)」と呼んでいます。
第38代天智天皇、第39代弘文天皇の近江大津宮は5年余で滅び、勝利した大海人皇子は皇位継承し天武天皇となり、近江大津宮から飛鳥に都を戻しました。
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Written by むねこ

2011年3月7日 at 5:05 AM